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シャワーズは人魚だった?見る人それぞれの楽しみ方があるポケモンの姿「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」

会場に入って目が合うと動けなくなった。こんなことがあっただろうか。最初にこの体験をさせてくれたのは、ポケモンに出てくるキャラクターで、銅のうえに青銅で着色された「シャワーズ」だった。何だかわからないけどもの凄い。細かいパーツからなる精密な細工であることは確かだが、技術的な裏付けは会場のどこにも説明されていないのでわからない。それでも圧倒的に訴えてくる。

今回この工芸展に行った目的は、実は「シャワーズ」ではなかった。しかし、この人間っぽさ、なまめかしさにドキリとした。とにかく目が離せなくなったのだ。どうしたらこんなに人間的な作品が制作できるのだろうか。人間的な感情が渦巻いているような気がする。調べてみると、シャワーズには女性という設定はないが人魚と間違う人もいるらしいとある。シャワーズが月明かりしかない夜の浜辺で他のポケモンたちや人間とドラマを繰り広げるとしたら。妄想にワクワクする。

しばらくして隣を見ると、同じブースに金色がまぶしい「サンダース」もいてクラクラした。この工芸展の一番の目玉は、やはりチラシや公式サイトにも採用されている「サンダース」だろう。金箔王国金沢らしいまぶしいほどの輝きが、見る人を一瞬で惹きつける。写真撮影が自由なので、多くの人が足を止めてスマホに収めていた。

この衝撃をどう処理しよう。人間は考えるとほんとうに動けないものだと実感した。もっと見たいと夢中になりギリギリまで近づきすぎて、係員に注意されてしまう。なにか悪いことしただろうか思ったら、どうやら床に引いてあるラインを超えたらしい。触っていないからよいのではないかと思ったが、ルールはルール。係員のおかげでようやく現実に戻されて、次の展示に行くとこができた。ちなみに、工芸展を一周した後にもう一度「シャワーズ」を見にいったが、今度は別の女性が注意されていた。まあそうなるのは必然の魅力であると思う。

前日、工芸展へ行く前に予習をした。私の一番のお目当ては蒔絵棗(なつめ)「春を呼ぶ」だった。工芸展の公式サイトで見たとき、漆工の重厚さに釘付けになったからだ。かいつまんで言うと、蒔絵は漆の表面に筆で絵を描き上から金粉を吹き付ける技術で、ご当地である石川県の伝統工芸・輪島塗で有名だ。金沢は金箔の生産量が日本一でもある。私にとって間違いなく目玉である。

工芸展に行く朝もこの漆工を見るためにワクワクしていた。それが会場に入った途端にシャワーズに主役を奪われるほどのインパクトは前述したとおり。冷静さを取り戻して出会えた「春を呼ぶ」はやはり重厚でうるわしかった。うんうん、やっぱりこれだよなと思わせる説得力がある。小さい筐体に詰め込まれた塗りと加飾の技術。ポケモンが描かれていなくても素晴らしいのに、ファイヤーの生き生きとした存在感たるや。来てよかった。

そういえば、私はポケモンについてあまり知らない。ポケモンはポケットモンスターの略称で、アニメやゲーム・グッズなど多事業に展開しているらしい。私が知っているのは、iPhoneにインストールされているPokémon GOだ。2016年7月30日からほぼ毎日やっている。工芸展に来る前は自分の中にアニメの世界観を持っていなくて不安もあったが、十分に楽しめた。ポケモンの種類や特徴がすべてわからなくても、工芸にした素晴らしさは伝わってくる。修学旅行で見学に来ていた高校生達と一緒になって楽しんだ。

工芸展では、陶磁やガラス、漆工、金工など約70種類の工芸の数々にポケモンがあしらわれている。よくぞこのような素材に加工したなと、日本の工芸技術の高さに恐れ入る。この工芸展には目録がある。4月30日にはNHK教育テレビでも特集された。これらに目を通して、ようやく作品に隠された驚くべき技を知ることができた。

たとえば、さまざまな用途に使われる箱を美しく加飾する螺細(らでん)は、夜行貝やアワビ貝などを漆で装着する技術。絵柄にポケモンにまつわる細かい文字が埋め込まれていているだけではなく、光の当て方を変えると色が変わる趣向が凝らされている。しかし、展示の方向は一定なので他方からの色彩を楽しむ術はない。しかもその文字たちは展示では見えない裏側に配されているものもあるのだ。まさに、見えるものだけが全てではないという作家の趣向に恐れ入る。

無駄なことが技であり美なのである。わかるひとにはわかるのだろうが、私のような一見さんには無理だ。説明されていないことを読み取るような能力はない。でも工芸作品はそれでよいのだと安心できた。見る人のレベルにあわせて何かを感じ取れればよいのだと、私は思う。

出品している工芸作家は素晴らしい経歴を有している方々なので、いわゆる個々の作家のファンや専門家が見ればわかる逸品揃いなのだろう。ただ、詳しくない人が見ても圧倒的に質感が違うことだけはわかる。工芸鑑賞の初心者に対してすべてをつまびらかに説明して価値観を押しつけようとしない。まずは見る人にあった感性で楽しむ。工芸でなくても音楽でも文学でも、創作物の醍醐味のひとつはそういうものなのかもしれない。

ポケモン×工芸展は、今回紹介した以外にも見どころにあふれている。実際に関節が曲がるように作られた自在置物「自在ギャラドス」、見るからにかわいらしい金属製のオブジェ「可変金物ココガラ/アーマーガア」。光のシャワーを疑似体験できる「ピカチュウの森」。そのほか陶磁や染色に造詣の深い人にも訴えかける作品の数々は、一度に理解しきれるものではない。普段はなかなか鑑賞することのない工芸ジャンルでも、これからは知っておきたいと思わせてくれるのはポケモンのおかげだと思う。工芸鑑賞のハードルを下げつつ、どんなレベルの人が見ても十分に楽しめるのがこの工芸展のよいところ。もちろん、家族連れで来て感想を言い合うのもおもしろい。一緒に鑑賞した私の娘は、興味の有無がハッキリしすぎていて驚いた。iPhoneで写真を撮りまくるブースと、目もくれず素通りするブースの落差たるや。

工芸王国を自負する石川県の要望により、東京国立近代美術館工芸館が金沢市に移転したのは2020年。2021年からはそれまで通称であった国立工芸館を正式名称とし、工芸文化の発信拠点となっている。

「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」は石川県金沢市の国立工芸館で開催されている。開催期間は2023年3月21日(火・祝)-2023年6月11日(日)。

文/二角 貴博

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